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東京地方裁判所 平成3年(ワ)8143号 判決

原告 上野整

右訴訟代理人弁護士 岡邦俊

被告 池袋信用組合

右代表者代表理事 竹田勝

右訴訟代理人弁護士 堀場正直

同 菅野利彦

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告に対し金一三九万八三七〇円およびこれに対する平成三年六月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 原告は、昭和四三年四月二〇日、被告との間に次の定期積金契約を締結した。

期間 三年

毎月掛金 二万六五〇〇円(三六月)

満期 昭和四六年四月二〇日

満期契約金 一〇〇万円

2. 原告は、右契約に基づき、昭和四三年四月から昭和四六年三月まで三六月分の掛金を被告に支払った。

3. 被告が、満期日の翌日以降昭和四六年六月二一日まで満期契約金に付すべき普通預金金利(利率は別紙のとおり)は、別紙「利息内訳」記載のとおり合計金三九万八三七〇円である。

4. よって原告は、次の金員の支払いを求める。

(一)  満期契約金元本および昭和四六年四月二一日から平成三年六月二一日までの利息金合計金一三九万八三七〇円

(二)  右金員に対する本訴状送達の日の翌日以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金

二、請求の原因に対する答弁

1. 1項は認める。

2. 2項は認める。

3. 別紙「利息内訳」表記載の期間、利率は争わないが利息の計算違いが九か所ある。

三、抗弁

1. 原告主張の如き定期積金があったことは甲第一号証から認められるところであるが、被告の定期積金に関する資料は満期日から一〇年の保存期間が経過したため消却済であるので被告としては満期日若しくはそれ以降に支払をしたか否か明らかではない。

2. 預金者が定期積金証書を紛失したような場合には、証書の回収に代えて念証等の交付を受けることにより積金を払出す場合があるので、定期積金証書があるということだけでは未だ支払をしていないということはできない。

3. 以上のとおりであるから仮に原告に定期積金の返還請求権があるとしても、本件定期積金の満期日である昭和四六年四月二〇日から五年後である昭和五一年四月二〇日の経過により本件定期積金返還請求債権は時効により消滅したから、被告は右時効を援用する。

四、抗弁に対する答弁

争う。

五、再抗弁

被告の消滅時効の援用は、以下の理由により、権利の濫用として許されない。

1. 一般に、「銀行は、銀行債権について消滅時効の援用をするにあたっては、どのような状態の場合に援用するという一定の基準を定めておくべきであって、いやしくも恣意的な態度をとってはならないのである。具体的にいえば、銀行は、たとえば時効期間を経過した預金について預金者から払戻請求を受けたが、『銀行に現存する帳簿に口座がなく、あっても残高がなく、すでに支払ってしまっているものと認められるが、その支払の証拠がなかったり不完全であったりするとき』(村岡=寿円「預金取引」九三頁)など、特別の事情がある場合に限定して、消滅時効の援用をなすことにすべきであろう。」(堀内仁・「銀行実務判例総覧」・三五四頁)とされている。

2. 本年八月二七日、原告は「ア・上野栄子」、「イ・上野綾」、「ウ・浜野芳雄」名義の三菱銀行江古田支店普通預金を解約した(甲第三号証~第五号証)。

各預金の最終預入日は、ア・昭和四〇年一〇月五日、イ・昭和四〇年四月三〇日、ウ・昭和四七年一〇月一三日であるから、同銀行はいずれの預金についても時効を援用することが可能であった(ア・イについては、本件より約六年間長い二一年間が経過している)。

しかし、同銀行は「これはかなり古いものですので少々お時間を頂けますか?お調べ致しますので一五分ほどお待ち下さいませ」ということで、その場で全預金の支払に応じている(甲第二号証)。

3. 本件が、前記文献が例示する「特別の事情がある場合」に該当しないことは明らかであり、その他の事情(甲第二号証)を総合すれば、被告の消滅時効の援用は権利の濫用として許されない。

4. 原告は、平成二年七月、取引先の埼玉銀行練馬支店に本定期積金の取立を委任した(甲第六号証)。受任者は、原告が本定期積金通帳および定期積金証書を現に保管していることから、消滅時効期間経過後であっても預金債権については時効を援用しないという業界慣行を当然の前提として、原告のために取立に着手した。

5. 被告は、以後約四カ月間、理由不明のまま右取立に応じなかったので、同年一一月中旬、受任者は、被告に対し支払いを催告した。これに対し、被告板橋支店担当者は、すみやかに原告指定口座に元利金を振込むと確約しながら、同月末日、「元帳及雑益に編入した形跡がありませんのでお返しいたします」との意味不明の理由により、関係書類を受任者宛に返送して支払いを拒絶した(甲第七号証)。

6. 右の経過によれば、被告は、板橋支店の資料上は原告の定期積金債権の存在(未払戻)が確認できるにもかかわらず、「満期日若しくはそれ以降に支払をしたか否か明らかでない」(答弁書・「被告の主張」・一)などの理由により、唐突に支払を拒否するに至ったものである。

原告は被告の組合員であるから(甲第八号証)、被告は、一般の金融機関以上に原告に対し信義則に基づき誠実に対応すべき義務を有するのであり、被告の消滅時効の援用が信義則に反し、権利の濫用であることは明らかである。

六、再抗弁に対する答弁

1. 1項は争う。

2. 2項は不知。

3. 3項は争う。

4. 4項は不知。

5. 5項のうち、被告が埼玉銀行から取立てがあった後、預金の存否につき調査が完了するまで多少の期間があったこと、被告が甲第七号証を返送したことは認め、被告板橋支店担当者はすみやかに原告指定口座に元利金を振込むと確約したことは否認する。

被告の支店及び本店の担当者は、原告指定口座に元利金を振込むと言ったことは全くない。被告板橋支店次長の中川恒夫が、埼玉銀行の担当者と電話で、明日埼玉銀行に伺って書類を返すと言ったことはある。

6. 6項は否認ないし争う。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求の原因及び抗弁のうち本件定期積金の満期日である昭和四六年四月二〇日から五年間経過したことは当事者間に争いがない。

二、再抗弁について、

1. 仮りに1項記載のとおり文献に記載があり、2項のとおり、他の銀行において時効期間の経過の後に支払いがなされた事実があったとしても、法律上の問題としての時効の援用を妨げるものではなく、援用することが権利の濫用となるものとはいえない。

2. 仮りに4、5項の事実が認められるとしても、被告板橋支店担当者の発言は、預金の存在を調査のうえ支払可能であれば支払うという趣旨に止まるものと解されるのであり、これをもって時効の援用の妨げとなるものではなく、原告の主張は採用できない。

三、以上によれば、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井眞治)

〈以下省略〉

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